ふんばろう東日本支援プロジェクト

「ふんばろう東日本支援プロジェクト」は、知り合いのご家族がその運営をされています。代表者さまとの面識はありませんが、応援してゆきたいと思っています。

私がここ最近で体型が変わった(10数キロ痩せた)こともあり、買ったばかりの洋服や、まだまだ着られる洋服が不要となってしまいました。「ふんばろう東日本支援プロジェクト」の関係者のお話では、被災者は全てを流されて失った方も多く、衣服などはまだまだ不足しています…とのこと。

時間のある時にクローゼットを眺めて、状態の良いものを選んではクリーニングなどメンテナンスを施し、プロジェクトにお送りしました。先様では「良いものを送って頂いた」と喜ばれていると聞きました。現地に近い距離で活動をされている方々を想うと、とても微力すぎてお恥ずかしいのですが、九州という遠く離れた場所からメッセージを発信することも価値があるのだ…感じています。

http://fumbaro.org/
 


自分の相撲を取る。

あまり相撲には詳しくないが、勝者のインタビューでこの言葉を耳にしたことが多いのではないか?

「自分の相撲を取れた」

この言葉は案外と深い。己の生き場を知った者の言葉だと思う。自分のストロングポイントに気付かない者には、この印象は生まれないだろう。しかしながら「自分の長所を活かして生きる」ことは簡単なことではない。私の場合、自分の長所は何にでも全力投球し、命を削ったような行動も平気だ。でも周囲ではそれを、迷惑と感じかねない。それほどの日常では無いのだよ。もっと平穏なものだ、毎日は。

太った力士は、巨体を活かして小柄で素早い敵を押しつぶす。小兵は巨人の足下を狙う。地味な者はコツコツと精進し、歌が得意な者は土俵甚句で派手に美声を誇るだろう。大切なことは自分の持ち味を活かすことなんだ。今日の1勝に満足してはいけない。相手の弱みに付け込んで勝利を得ても、応援してくれる人に感動はない。

自分という存在は、唯一無二。誰にも代わりができないから尊い。呪縛から自我を解き放ち、自分らしい声で、大きな声で主張すればよいと思う。周囲の人を傷つけないようにね〜。難しいけれどできるはずだ。

「自分の相撲を取れているか?」を自問する。う〜、インタビュアーがここにいないので答えは夢の中で…笑。おやすみ。


幸福な王子という短編小説を紐解けば…。

まず、本日中にまだ処理しきれていない仕事があるにも関わらず、ブログを記していることをお詫び申し上げます 笑。すみません。明日の早めに対応します。

「幸福な王子」というお話は、幼少期に絵本で繰り返し読んだ記憶があります。絵柄などは覚えておりません。最近になってこのお話が「童話」というよりむしろ「短編小説」と位置づけされることを知りました。作者はオスカー・ワイルド(アイルランド・ダブリン出身の詩人・作家)です。

オスカー・ワイルドは私が敬愛する刑事コロンボの「黄金のバックル」という作品で、犯人の女性と被害者(彼女の弟)とのユーモラスな会話で登場することもあり、強く印象に残っていました。その印象通り、このオスカーの短編集におさめられた作品は、皮肉めいた主題に基づき、何か大きなことを語りかけてくるものです。

「幸福な王子」のあらすじについては、この場には記載しません。ぜひ、ご自分でお読み下さい。私がこの日記で語りたいことは、その「幸福な王子」という短編小説をもとにした絵本を、幼少期に読んだということへの感謝です。おそらく私の父親が幼い私にプレゼントしたものと思われる。水彩画・あるいはパステル画風の挿絵に彩られた、数ページの絵本だった。

世の中は間違いだらけで、よそ道に逸れたくもなるもの。それでも信じた道をひたすら進んでいれば、きっと報われる、「間違っていなかった」ことを悟り大きな幸福感に包まれる。

それは、それは、難しい…、ことですね。でも不可能ではない。
ということを発見し、冷たい布団にもぐり込んで寝よ!

写真左より:オスカー・フィンガル・オフラハティ・ウィルス・ワイルド[Oscar Fingal O’Flahertie Wills Wilde]、幸福な王子をネット検索して出てきた画像中より1960年代の私のイメージに近いもの、刑事コロンボ「黄金のバックル」で被害者エドワード・リットンを演じる「ティム・オコナー」。

「幸福な王子」
オスカー・ワイルド(Oscar Fingal O’Flahertie Wills Wilde)
刑事ぼろんこ「黄金のバックル」


日本航空に感謝いたします。

2012年1月27日〜29日に2泊3日で東京に出張に行ってまいりました。仕事の合間を縫っての強行スケジュールです。

メインの目的は二つで
1)1月27日の夜にライブハウス「ランタン-LANTERN-」でImagine Voiceを応援
2)1月28日の夜にライブハウス「新宿レノンハウス LENNON HOUSE」で演奏
※時系列順です

2泊3日の出張で、これだけでは飽き足らない私は1月28日の昼に、かつて私のデザインの弟子であったU君(東京在住)を誘い、南青山の「根津美術館」を訪問。狩野山楽の「百椿図」をはじめとする日本画や美術作品を堪能、男二人組でお庭も散策。もちろんU君の近況などもたっぷりお話をきかせてもらって、素晴らしい午後の時間を過ごしました。

29日の日曜日は、ホテルをチェックアウトし重いギターと旅行バッグを抱えて上野へ向かいます。音楽仲間のU氏と御徒町のお寿司屋「寿司幸(すしこう)」さんでお昼を頂くため、至近距離で時間を過ごしたいためです。ゴヤ展が催されている「国立西洋美術館」を選択しました!石橋蓮司さんのナレーションによるガイドを聞きながら1時間たっぷりかけてゴヤの作品を堪能。常設展でピカソやロダンも拝見。

寿司幸(すしこう)さんでは、名物の「ネギトロ」をはじめ大好物のお寿司をお腹いっぱい味わいました。友人U氏とお寿司をつまみながらの数時間は至高のひと時です。

さて、ここまではつつがなく…大きな失敗もなく…粛々と進んでまいりました。が、最後が遺憾でした。御徒町からJR山手線に乗りまして目的の羽田空港に向かった車中で着席したのがまずかった。初日に池尻大橋から富ヶ谷1丁目まで彷徨い歩いたこと、二日間で新宿 – 新宿三丁目、原宿 – 表参道を徒歩で移動、上野公園 – 御徒町をギターを担いで移動など、疲労困憊していたのでしょう。

御徒町から乗った山手線でイスに腰掛け、はっと目が覚めたら代々木を過ぎていました。浜松町あるいは品川で下車すべきところ、眠ったまま半周したのです。「終わった…」と感じました。飛行機に乗り遅れたのです。羽田に着いたのは、離陸時間の少し後でした。日本航空の窓口で「乗り遅れました…。今日中に福岡に帰れる便の手配を…お願いします」と申し出ると、応対の係員の女性から「本来であれば、格安チケットの乗り遅れには対応できないが、今回のみ次に出る福岡便に乗れるようご手配いたします」と。無料で。

このような優しい対応をしてくださった日本航空に感謝です。次回のフライトは必ず鶴のマークにお願いいたします。※このようなケースは毎回ではないと思います。航空会社もその時々で可能な範囲でのサービスをされていることでしょう。


Watching The Wheels

Watching The Wheels「わっちんぐ・ざ・ほいーるず(廻る輪っかを見てるだけ)」は、1980年に発表されたジョン・レノン&オノ・ヨーコのアルバム「ダブル・ファンタジー」に収録されました。同アルバムからは「スターティング・オーヴァー」「ビューティフル・ボーイ」「ウーマン」など歴史的とも言える名曲が排出されていて、この「わっちんぐ・ざ・ほいーるず」は知られざる名曲?にポジショニングされているのでしょうか?

しかしながら、この「Watching The Wheels」は素晴らしい。楽曲のキーはCで、最も仲の良いFを従えてぐるぐる廻っているようです。それを表現する比較的低音域のピアノがぐるぐる感を強調し心地よく響きます。絡み合う歯切れ良いベースは音のアップダウンを繰り返し、まるで輪っかを廻すポンプのよう。

全体を優しく包むホルン(のような楽器)の響き、それとサビで訪れる小刻みなブラス(何れも管楽器)と、「ハンマーダルシマ」なる古楽器(?)が奏でる南国的なフレーズ(Amの活用)。そして特筆すべきは、これまでのジョンの作品とははっきりと異なるドラムワーク。アンディ・ニューマークによるものです。これが素晴らしいのです。ダブル・ファンタジーのアルバムの音楽的印象を決定づけているミュージシャンです。

この曲の主題は「個人vs世間」なのか?「They」という二人称複数(あるいは三人称複数)がやたら多用されています。ジョン・レノンと言えば一人称の詩人。当然のことながら、主観を軸としたメッセージになります。それが独特のジョン節(ぶし)とも言えるリズムに乗って流れてきますね。

それはまるで「個 対 他」は望むところだ、と意気込んだ若き日の自分のよう。毎日、その日に出会う人に喧嘩を売っては買い、そして消耗していました。ぐるぐると廻る毎日。僕に構うな、放っておけとばかりに。今思い返せば、それはつい昨日まで続いていたような気もし、実は今この文章を書いている時間でさえ変わっていないのかも。

捨て台詞「I just had to let it go!」は「ちぇ、やっと吹っ切れたぜ」とでも訳しましょう。曲の最後で、長めの台詞を放った後に例のメリーゴーランドを思わせるSEが余韻を残します。これは、不要だったかな?(笑)いやそうでもないか。僕のiTunesの再生回数は本日(2012年1月7日0時21分)で114回。繰り返し聞くこともあり、3分59秒の曲中で最後の29秒を占めるこの部分、本編をもう一回聴いてみたくなる導火線の意味で好き。


ジョン・レノンで一番泣ける曲。

心の壁 愛の橋

これまで「ジョン・レノンで一番泣ける曲」という観点で、分析したことがなかったので本当に一番かどうか、決定的ではありません。ところが最近になって、ジョン・レノンの曲をもう一度聞き直す機会があり、この曲を再発掘しました。「Nobody Loves You(愛の不毛)」です。1974年に発売されたWalls And Bridges(心の壁 愛の橋)に収録されたスローナンバーです。

かなりスローです。もの凄く、後ろに引っぱられる引力を感じます。その点、アンソロジーに収録されたデモバージョンはもう少し標準的です。僕がこの曲から受け取る印象は、諭すような絶望感です。泣ける部分として特記したいのが、Bメロのコード「D」から「Bb+5」の遷移で「僕は渡ったことがある 向こう側(の世界)に」「僕はすべてを君に見せ 何も隠してはいない」「それでも まだ君は尋ねる 僕が君を好きか? どうして?どうして?」の部分。ジョンはこの「どうして?どうして?(what it is, what it is)なに言うの?なに言うの?(what you say, what you say)」を、デモテイクの段階では、さらに歌って繰り返しています。しかし完成版ではストリングスに置き換えてしまう。これは、この歌詞を押し殺した方がより効果的だという判断でしょう。

このように包み隠さず自分をさらけ出しているのに、なぜ君は僕を質問責めにするのか?とジョンは嘆きます。僕があなたの背中を掻いてあげよう、そして君は僕の背中を刺す。このような皮肉に満ちた歌詞が、もたったリズムに乗って延々と続きます。誰も君を愛さないという主題の曲。最後の言葉は「君が地中深くに埋められた時、皆が君を愛す」と締めくくり、乾いた口笛とともにフェードアウトします。

心が疲れている時には、聴かない方が良い。ジョンの本音が汲み取れないならば、聴いても平気、なのかもね。ジョン・レノンの本当の凄さは、その気分になってみないと分からない。だから楽観主義で、今が幸せな人には分からない曲もあるのだと思う。それでいいのだ。


日本の将来を憂う…。

先日、天気の良い午後のひととき。犬の散歩でM公園を歩いていました。遊歩道の出口に黒いタクシーがエンジンをそのままに、車の影で後ろ手に腕を組んで立っている人が。こちらには気付かぬ様子でした。年齢は50歳代で男性です。ちょっと休憩にしては、大胆な停車だな…。と、思った瞬間、恥ずかしさでその場を立ち去りたくなりました。彼は、勤務先の看板(タクシーの車そのもの)の脇で、ファスナーから下半身を丸出しにして立ち小便をしていたのです。

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ハイリゲンシュタットの遺書

ハイリゲンシュタットの遺書とは、かの有名なクラシック音楽のマエストロ(巨匠)ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンが、1802年に家族に綴った手紙を指します。

主に体調の不良(難聴)、人間関係への絶望、それらのどん底を味わったベートーヴェンの、苦痛を表す文面。難聴は、彼にとって単なる疾患に留まらない。音楽家として致命的な病状であるが故に、絶望感は計り知れないほど大きかったはず。そのような状況で、光を見出す一行があります。

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何かを見て勇気をもらう…

なでしこジャパンのワールドカップ優勝。これを見ていた東北の方々が「勇気をもらった、頑張れる気がして来た」とメッセージを述べておられた。感情が揺れ動く=まさに感動、ということだと思います。なでしこジャパンの場合は、日本人であればいやおうもなく飛び込んできたビッグニュースですが、そうでなくとも自分なりに良いものを探し見つけては感動することもできるはず。
目で見、耳で聞き、舌で味わい、肌で感じ。それらを吸収し、自分の生き方や仕事に活かしてゆくこと。それの繰り返しで得られる感覚で、最も尊いと思えるのは「自分の可能性を諦めないこと」に気付くことです。ただ過ぎ去っている時間が、とても意義深い時間へと変化します。
「勇気をもらう」という言葉は、苦悩のない幸福の時間からは生まれない言葉でしょう。しかし「勇気をもらった=感動した」という図式が正しいのであれば、苦しむからこそ喜びもあるのだ…とも考えられます。
 


二歩目。事務所の閉鎖を決断。

まだお仕事の関係者各位には正式にお伝えしておりませんが、今年の夏が本格的になる前に事務所を閉鎖することを決めました。

福島第一原発の事故以後、日本中に「節電しよう」の声が高まっています。ファクトにおいては「オフィスの確保がビジネスの絶対条件」ではありません。現在ほとんど使用していない自宅アトリエに制作拠点を戻し、生活と仕事に利用する電力を共有すれば、かなりの節電を実現できるはずだと考えました。

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はじめの一歩の続編。

2011年04月05日の日記「はじめの一歩。」の続編・ご報告です。
- まずは自分の財産の一部を切り崩し、お金にかえてお送りしたいと思います。目標は100万円~180万円くらい。事情があり、まだ正確には記載できません。(後日ブログで結果をご報告します)
というものでした。財産の一部を切り崩しというのは、所有している絵画を売って、そのお金を寄付しようと思い立ったのです。しかし、なかなか思うように事が進まず、絵画は未だ売れていません。このご時世が大きく影響しているようですね。
そこで4月末に、貯金をおろして日本赤十字社に50万円を寄付してきました。このお金がどれほどお役に立つかはわかりませんが、少なくとも気持ちだけは、現地に伝われば幸いと存じます。また、このまま自分が元気に仕事ができる環境を維持してゆければ、来年の春にも50万円を寄付したいと思います。その先も出来れば…。ま、あまり先の事は約束できません(笑)
自分のような個人営業主が今回の震災に対し義援金を差し出した場合、「ふるさと納税」のシステムが適応されます。ですので、50万円の中の一部は、本来自分が住む地方自治体に納税すべきものを、復興目的に使ってもらうことに指定できたことになるようです。自分の場合その金額は50万円に満たないようですので、「一部」が「ふるさと納税」に適応されました。(注)正確な情報はご自分で勉強してください。
これは毎年1回適応されますので、一度に多額を寄付するよりも、数年に分けることにより、自分のように金持ちでなくとも継続できそうです。地元福岡県には申し訳ないのですが、しばらくの間は我慢して頂きます(笑)その分、変な自粛観念を持たず、地元の方々も応援してゆこうと思います。
絵画の件は、また続編でご報告します。


皆、大きな矛盾の中で生きている。

1ヶ月前。大河ドラマ篤姫の再放送を見ながら、せこせこ仕事をしていたら、画面がぱっと切り替わり、あの惨事を伝える画面が流れました。その瞬間から、日本という国が大きく揺らぎました。とんでもない事が起きているということは自分にもよく分かりました。目を覆いたくなるような映像が次々に目に飛び込んで来ました。
それから1ヶ月が過ぎました。心は痛むばかり…。でも、決して世の批判ばかりをする側には回るまい、と強く念じます。無力だと酷評される与党政府、どさくさ紛れに政局を挽回する野党でさえも、みな虚しさに耐えこの国のために働こうと頑張っている気さえするのです。この状況で国を憂えない国民など一人もいないでしょうね。
ただ一つ、私が訴えたいのは「強い者が、強くあって欲しい」と言うこと。抽象的な言い方しかできないけれども、「強い者は、惜しまず力を発揮してほしい」です。なぜか、政治家の方々にはそれを感じません。皆、頑張っているのにね。自分もかなりぐずぐずしているので、彼らを批判することはできません。私は、ゆっくり、じっくりしか動けないけれど、小さな力かも知れないけれど、しっかりと持てる力を伝えて行きたいと思います。